社員ブログ

法と礼

社長塾第5講、論語「為政第二」を学びました。「子曰く、政を為すに徳を以てすれば譬えば北辰その所に居りて衆星之に共うが如し。子曰く、詩三百一言以て之を蔽う。曰く思邪無し。子曰く、之を道くに政を以てし、之を齊うるに刑を以てすれば、民免れて恥ずること無し。之を道に徳を以てすれば恥する有りて且つ格し」。長い引用で恐縮です。「まつりごとは徳を基本するならば、北極星が天に留まりその周りを星が巡るように人は従う」。

「詩経300編の本質を一言で言うならば、『よこしまな思いがない』ということだ」。これは私が座右としている、「動機善なりや」と同じことだと思いました。因みにこの言葉は、稲盛和夫氏の座右「動機善なりや 私心なかりしか」からいただきました。そして本論。「人を導くのに法を以て行ない、世を治めるのに刑罰を以てするならば、人々は法に触れなければ何をやってもよいと思うようになる」。自分で恥と思わなくなってしまうという訳です。

そして「それを徳を以て行ない、礼を以て治めるならば、自ら恥じ入る心持ちが芽生え自ずと行動を正すことになる」と。「政」と言うのは、「正しい」という字を含んでいます。だから正しいことを自らも行なうが人にも行なわせるという意味で法治国家の基本であり、それはそれで素晴らしいことなのです。ただ法の裏には刑があります。余りこちらを意識し過ぎると、他律的になると言っているのです。また法は条文なので識字率とも関係する。

「徳」の「ぎょうにんべん」は行動を表し、「つくり」は「直+心」の字形です。つまり「直心=正しい心」を「行なって」こそ「徳」。「正しい心」と言うのは、「天の掟=ルールを正しく受ける素直な心」という意。「礼」とは長い時間をかけて醸成された社会的規範のこと。法はその時々の必要に応じて人間が頭で考え作りだしたもの。礼には罰則がない。自ら省みて非を恥じるのです。御天道様は見てる。道徳教育の大切さをつくづく感じるこの頃です。

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