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石川 武 (京都本社 社長)
[ PROFILE ] 1966年大阪生まれ、長岡京市在住。大阪府立大手前高校、同志社大学法学部法律学科卒。某信託銀行に12年間勤務後、2002年に入社。総務部長、総合企画室長、常務取締役を経て、2009年4月に社長就任。趣味は読書、ギター、書道。サザン好き。A型。座右の銘「動機善なりや」。がんばろ、日本! |
2012年02月
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2012年02月03日
Overtake
昨年のレコード大賞は、AKB48の「フライングゲット」が獲得しましたね。実は私は非常に納得しました。なぜなら単純に、良い歌だなあと思っていたからです。別に言い訳をしようということではないのですが、そもそもは子供が聴くからということでTSUTAYAで借りてきたのです。「ポニーテールとシュシュ」を吹奏楽でやると言うので、アルバム「ここにいること」をレンタル。
でその時一緒に、新作だった「フライングゲット」も借りてみました。それからこれらの曲を、車に入れて何気に聴いていたのですが、以来結構本当に「ヘビーローテーション」になっていました。なかなか良いのです、これが。これは秋元某というおっちゃんが書いた詞を、AKBのお姉ちゃん達が商売で歌っているだけだと思っても、景気がいいし何だか元気が出てきてしまう。
「フライングゲット」というネット和製英語も、堂々としていていいじゃないか。順番待ってるだけの男は出し抜けと言う、何とも「男らしい」女歌です。私が個人的にすごくいいなあと思ったのが、アルバム1曲目「少女たちよ」と2曲目「Overtake」。特に「Overtake」は素晴らしい。チームの中で切磋琢磨するライバルであり仲間である人の気持ちを、「追い越せ」の一語で描いた歌。
「さあ見返せよその実力で 足踏みをするように待つなよ」、「同じ道を走る者を気にするな 前に進め」、「上下関係気にするほど甘くない 置いてゆくぞ」。何とも勇ましい。パワハラだ差別だ問題だと、おじさん達が非難されている間に、当たり前の強い言葉はリアルな少女達の中に生きた。秋元某してやったり。でも要は皆もっと正直に語ればいい。良いもの良いのだと。
投稿者 admin : 17:59
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2012年02月02日
「下山の思想」で
NHKさんがやってきた↓。昨日伊東会長から電話があり、教えていただいた事の次第はこう。

年末に骨折した右腕の治療のため、現在週に3度通院しているので、時間に任せいろいろ本を読んでその感想文を、当社の社員ブログにアップしていた。その中でたまたま、五木寛之さんの「下山の思想」という本の感想を書いていたところ、その文章がちょうど五木氏の同著の特集をやろうとしていた、NHKの担当者の目にとまった。著者と読者のコメントを撮るのだと。
そもそもこの「下山の思想」という本が売れている。その背景には、個人の年齢的な「下山」という考え方の他にもう1つ、日本の産業全体の成長期からの下山という考え方もあるよう。そんな中でたまたま当社が「ものづくり」に関わる仕事で、成長が単純には望みにくい分野にあって、どのように経営の展望を考えているのかという点も一緒に聴きたい…そういうことらしい。

ということで本日、NHKさんがやってきて早速収録が始まりました。放送は朝7時からの全国放送「おはよう日本」。放送予定日は2月8日(水)、だいたい7:30頃に流れるようです。どんな画面なんだろう?楽しみと言うか何と言うか。。それより何よりやっぱり「発信」は大事だなと、この一件で改めて実感。うちの経営が全国に流れることに。ちなみに「下山」はしませんので!
投稿者 admin : 15:42
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2012年02月01日
22世紀のために
先週訪問した仙台の植松商会さんの植松社長から伺った話です。結果3時間に及ぶ話の中で、最初に植松社長が話されたのは、震災時の人の行動パターンについてでした。そのとき人は、普段通り行動しようとする「正常性バイアス」、他人と同じ行動をしようとする「同調性バイアス」、最後まで周りを助けようとする「愛他バイアス」の、3つの偏りが見られたのだとか。
植松商会さんは当社と同じ機械工具商社。被災後仙台本社や東北各地の営業所から、その拠点網を利用し取引先に救援物資を運んだそうです。地元で工場を営むお客様が最も喜んだもの、それは「ウエス」だったそうです。ウエスで機械を拭いてあげたい、ウエスを持ってきてくれてありがとう。植松社長は「機械工具商のアイデンティティを再確認した」と仰られました。
雇用に関しては、「復興需要」も確かにあり仕事はあるけれど、工場で旋盤を回す人がいないという状況。被災、失業給付、廃業、二重ローン…ものづくりの現場で職人が減っているというのが現実と。「復興バブル」はあって国分町のネオン街は県外から来た人で多少繁盛でも、地元の人が普段行く居酒屋さんは閑古鳥。行く余裕がなく、要するに「格差」が広がっていると。
最後にこんな話をされました。昨年被災地域で生まれた子供が約14,000人。その子らは22世紀を見られる。22世紀その子らは88歳。その時その子が、その子や孫やひ孫に「自分が生まれた頃に大きな震災があった。大変な苦労があったけど、その時の大人が頑張ってくれたお蔭でこんなに良い22世紀になったんだ」と言われる社会を作りたいと。やりましょう、植松さん!
投稿者 admin : 17:52
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2012年01月31日
混沌を抜けて
1月も今日で終わり。昨年の年末から1月のスケジュールを入れながら、2012年の始まりは「ここで一度自分の頭の中をぐしゃぐしゃにしよう」という想いを抱きました。この日程の質量では恐らく、落ち着いて考えることも、その時の想いを書き留めることも難しいと思ったので、いっその事その時々の反射神経に賭けて、自分の頭をブラッシュアップする時期だと考えようと。
果たして今、私の頭の中は…ぐしゃぐしゃです。本当にたくさんのインプットがあったなあと感じています。年明けから今年は、グロービス名古屋で各週土曜日「企業の理念と社会的価値」というクラスも受講し始めました。このクラスの中で、ケーススタディで出る事例の企業の考え方を、ゴリゴリ考えまとめクラスメイトと議論する。余裕がないのでここでも反射神経で頑張る。
「自分が越えられる障害しか目の前には来ない」。ある研修で学んだ言葉を都度思い出しながら、何となく感じる「恐れ」をとにかく横に置くようにして、意識して知らん顔して進んできました。体調も管理しないと全ての予定をクリアできません。先週1週間の出張中、家では子供がインフルエンザで熱を出していたとのこと。このタイミングもむしろ乗り切れる予兆と受取ました。
明日から2月。この1月のインプットや私が発したアウトプットが、残り2カ月決算に向けてのこの時期にどれだけ生きてくれるだろう。それは私にもわかりません。ただそれがきっと発揮されると漠然と信じること、それだけが今の自分にできることです。私の身体を通り過ぎた数々の想いは、ぐしゃぐしゃを通り過ぎてまた新しい形を作ってくれる。社長就任3年目の決算を前に。
投稿者 admin : 16:53
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2012年01月26日
ねっぱす日本

仙台二日目。今日は同業の機械工具商社、株式会社植松商会の植松社長を訪問しました。私の方から是非にとお願いし、今回の私の仙台行の中で会える時間を作っていただきました。震災当時やそれから続く現在のお話しを、同業者である植松社長の言葉で直接伺いたかったのです。気づけば二人昼食を挟んで3時間ずっと話してました。もう、あっと言う間でした。

一連の写真はお話しの後、若林町の本社から行ける被災地域に連れて行ってほしいと言う、更なる私の我儘を快く引き受けて下さり、車で連れて行ってもらった閖上(ゆりあげ)地区の風景。海から約3kmまで津波に呑まれた痕がある。高速道路の手前まで打ち上げられた船も見た。時々生々しい記憶を思い起こすために、植松社長もわざわざ来ることがあるのだとか。

この閖上地区は住宅や笹かまぼこの工場や朝市のお店など、昔から地元の方々に愛されたみんなが知ってる「場所」がたくさんあったのだと言う。今は震災当時の瓦礫もほぼ撤去され、コンクリートの基礎だけがかつてそこにあった生活の記憶を伝えています。いろんな辛いお話しも聞いたのですが、それでもこの地区は「復興方針」が決まり再建が始まっていました。

お話しの中で、とても勇気をもらえた話があります。それは震災当時救援物資を運んでいて、機械工具商社のアイデンティティを再確認したという話です。絶対に必要な仕事だと。同社が作られたステッカー。会社名はありません。「負けるもんか」は宮沢賢治から。「ねっぱす」とは東北の言葉で「のりで貼り付ける」ような「絆」「ネットワーク」のこと。そうか、ねっぱす日本だ。

投稿者 admin : 17:08
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