伝えるべきもの
プロ野球の契約更改のシーズンになりました。ところであれって、何のために放送しているのですかね?1億の大台突破とか、球団提示額を保留とか、夢を売る商売の人たちが、背広着てやるようなことなのでしょうか?報酬は交渉して見合うものを、黙って貰えばいいじゃないですか。なぜ、TVのニュースなんかで、人の給料を放送するのか、ということです。
活躍した選手は、国内外を問わずすごい金額になります。子供達は、どう思うのでしょうか。「ああいう選手になりたい」、の次に、「あれくらいお金を貰えるようになりたい」にならないでしょうか?何となく、「すごい人はお金をもらえる」→「お金をもらえる人はすごい」、という図式にすり替わらないでしょうか?若者も、翻って、自分を卑下したりしないでしょうか?
憧れに、お金は必要ないと私は思っています。ついでに私は、野球選手がどんなに一流だろうと、例えば普通の学校の先生とか警察官の方が、本質的には遥かに偉いと思っています。技能の追求とか、メンタリティーといった面から、象徴的な存在として、スポーツ選手から学ぶべきことはたくさんあります。経済効果を生む、興行パンダとしても経済価値は高い。
でも、スポーツはスポーツです。現実の生活で一所懸命汗を流すこと、それ以上に尊い事がどこにあるでしょう。私は、そんなに目立つこともない仕事や、一筋縄では行かない人間関係の中で、悩み耐えそれでも毎日を賢明に過ごしている人のことが見たい。お金で人の価値は決まらない。人としての誇りこそが、本当は価値あるものだと、伝えて行かなくては。
