術後麻酔が切れてからその夜は痛くて眠れなかったが、翌日には痛みも和らぎ、点滴も
外されると後は日にち薬だ。回診・リハビリ以外は時間を持て余す。短い入院なので誰に
も知らせてないので見舞いもなく、TVも土日・祝日のラグビー・サッカー決勝戦以外興味
もなく、新聞・本を読みながら時間の流れるのを費やす。お蔭で瞬く間に二冊の本を読み
通した。
次の本を買わなくてはと思っていたら退院の許可が出て一週間の入院生活が終わった。
寒い時期、暖かい所で久し振りにゆっくりした新年であった。
右手が使えない生活ですが、何とかやって行けるものだなあというのが実感です。
着替え、食事、入浴、パソコンなど時間は少し掛かりますが出来ますし、朝の体操・
散歩も従来通りです。出来ないのは自動車運転、文字を書くこと、紐を結ぶ事などです。
今は出来る限り、人の手を借りずに自分でやって見ようと決めています。
今年は辰年、ふるい立つ昇り龍の意気込みで望みたく思っています。
今年も宜しくお願い致します。
その後、現地RC会員に用意して頂いたバスに乗り被災地を見学させてもらった。
市役所から国道6号線を10分も南下すると警官がバリケードを築き通行止めになっていた。
そこから南は福島原発から20Km圏内になるのである。放射能汚染が現実のものと感じた。
海岸に向うとマスコミで見慣れた大津波の爪跡を目の当りに眺められ、破壊力の大きさに
言葉も出ない。瓦礫はほぼ取り除かれ、更地になっていたが、地盤沈下した所には海水が
淀み、夏に生い茂った雑草も今は枯れて一面の荒野である。その中に所々残された建物の
基礎や流れ着いた舟、ぐちゃぐちゃになった車、そして積上げられた瓦礫の山が目に飛び込
んでくる。
被害にあった東北電力の火力発電所近くの浜辺は、市民憩いのキャンプ場やサーフィンの
名所であったらしいが、砂浜が消え、脱衣場や防波堤は壊れ、生い茂っていた松林は1本
残らずなくなっていた。
海岸からかなり離れた野球場も観覧席にいた人は助かったが、グランドの人は流されたら
しい。僅かな違いで人生を分ける自然の脅威には、人の存在が如何に小さいものだと言う
ことが思い知らされる。
あらためて被災された方々に対し、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。
南相馬市は今避難されている方もあり、約半分の人口になっているらしい。一刻も早く故郷
が回復し、幸せな人生が再びおくれることを心から祈っています。
そのためにまだまだ支援が必要であり、我々も手を貸してゆかなければならないとつくづく
思って福島をあとにした。
予定よりも早く1時間強で昼食場所の清滝に到着。 昼食は愛宕登山者がその昔利用した
のであろう老舗旅館「ますや」2階の大広間を借りていただく。徳富蘆花など文人が利用した
この宿は、窓から色づき始めた紅葉の木漏れ日が差し込む縁側など古いが趣がある。
食後、更に暫く渓流に沿って上流に向うが高雄まで行かずに途中で引き返し、お試し峠を
超えて鳥居本へ。 急坂を下った所にある愛宕念仏寺には初めて訪れた。 色々な顔の
丸みを帯びた少し大きいめ羅漢さんが無数に並ぶ様は、化野念仏寺のお地蔵様とは少し
違った風景だ。
そこからは観光客で賑わう嵯峨野のメインストリートを散策し、最後に常寂光寺へ。 まだ
紅葉には少し早いが、有名な茅葺きの仁王門やその先にある石段両側のよく手入れされ
た苔の緑は一際美しく、つくづく京都っていいなあと思う。
かくして一行はそこで解散し、続けて散策をする人、土産物屋を覗く人、お茶やスイーツで
疲れを癒やす人、家路に向う人などに分かれた。
久し振りのウオーキングで運動不足解消と心地よい疲労でリフレッシュ出来、明日への活
力となった一日でした。
消防所長から、この地域の地震発生の可能性や、避難場所、火災に対する注意を聞き、
バケツリレーや消火器の取扱い、AEDの取扱いなどの訓練を体験した。
今年は全町内で子供から高齢者まで約480名の参加があった。
こんなに沢山の参加があるのは、訓練終了後「西野まつり」と銘打った催しがあるからで
あろう。グランドには模擬店が並び、体育館ではバザーや写真の展示がある。
今年は、カーメーカー各社のエコカーの展示もあった。
また、今年は東日本大震災や台風12号、海外でもニュージーランドやトルコでの大地震
タイの大洪水などが相次ぎ、防災に対する感心が高いことも、参加者が多い要因だろう。
参加者の中には、福島から避難してきている人も居られ、この催しを通じて地域の方々と
の絆が強くなったことだろう。
実際に災害があっては困るのであるが、備えあれば憂いなし、常日頃の防災器具と心の
備えが肝心であることを改めて感じた。
技術的にも、Co2削減という環境の点でも優れているエコ燃料であるにもかかわらず、廃天
ぷら油の回収や企業・行政の既得権、メジャーの圧力という障害のため行政も企業も手を
出さない分野に、果敢に挑戦し、立ちはだかる壁を打ち破って、JIS規格の基準を満たす
品質の製品を完成し、行政で唯一取組んでくれている京都市の市バスやゴミ収集車などに
採用される他、海外からの需要を獲得し、世界一の実績を得られています。
現在は使用済みの天ぷら油の回収だけでは足りず、次世代原料植物油確保のため、海外で
プランテーション事業も始められている。
ご家庭で使用済みの天ぷら油があれば、積極的に回収に協力をお願いすると共に、
国はCo2削減を世界に公約しているにもかかわらず、こういった事業に積極的に協力する姿
勢がないと聞く。こういった素晴らしい企業家の思いに政治家、官僚も建前だけでなく本音で
応えてあげて欲しい。
良いこともあった。子供たちが一年遅れの古希のお祝いをしてくれた。昨年6月に満70歳を
迎えたが、その直前に母が亡くなったので、お祝い事を先延ばしにしていたのである。
孫も含めて10人が集い、京町屋を改造したレストランでささやかながら、心温まる宴を開いて
くれた。孫たちが代表してプレゼントを渡してくれた。素敵なマフラーであった。細くなった首筋
を温めるのに丁度良い。感謝感激である。
隣のおじいさんや先生の死は受入れられるとして、同級生の死や古希を1年を超えたことに
はつくづく加齢を感じる週末であった。
でも自分では気持ちは若いつもりでいる。まだ同級生の所へは暫く行くつもりはない。
第2日目は、午後から8番ホールでフォアーキャディを勤めた。ホール中程のクロスバンカー
辺りに陣取り、選手が打ったボールを確認する係りである。
ティーショットを注視しボールが飛び出したのは確認できるが、空に入ると全く見えなくなる。
ドローやフェードと左右に曲がるので思わぬ所に飛んでくる。ボールの落ちる音がしてやっ
とそこだと分かる。フェアウエイは良いが、ラフに入るとそばに旗を立てるのだが、深いラフ
なので探すのが大変だ。見つけなければ責任問題である。
でも選手はボールを確認し有難うと言って旗を手渡してくれる。有名選手から手渡されると
この年になっても緊張する。
第3日目は、13番ショートホールのグリーンから次のホールに向かう出口でマーシャルを
勤めた。お静かに係りである。従って決勝ラウンド全選手のパッチングをグリーンサイドで
見ることが出来た。ホールアウトした選手がスコアをつけながら出口に集まって来るので、
バーディを取ってしてやったりの顔や、スコアーを伸ばせず残念そうな顔、ボギーを叩いて
落ち込んでいる顔などをまじかに観察出来て面白かった。
石川遼の組は唯一大勢のギャラリーを引き連れて大移動だ。報道カメラマンやSPも引き
連れている。少し騒ぎすぎではないか。
遼君はそのショートホールで長いパットを沈めてバーディを取ったが、全体としてドライバー
が乱れ優勝争いには程遠いスコアーに終わった。
それにしても疲れた。そんなに動き回った訳でもないのに、朝が早いためか、朝と昼の気温
の差が大きいからか、それとも気を遣ったのか、或いは年の勢か。自分でプレーしている方
がはるかに楽である。次回にはギャラリーとして来るか、TV観戦とするかなあ。
ところがその直後に現地でお世話になったRCから送られて来た震災の報道写真集を見て
その誤りに気がついた。 やはり津波による被害はいわき市全体に甚大であったのだ。
我々がほんの一部の地区だけを見て判断したのは誤りであった。
被災された方々には大変申し訳なく、改めてお見舞いとお詫びを申し上げます。
同時に、まだまだ現地に対する支援を続けていかなくてはならないと共に、今回現地のRC
とご縁が出来たことをきっかけとして、改めて現地を訪れたいと思っています。
がんばっぺ いわき!