伊東 一壽 (京都本社 会長) http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/ 古希を迎えて以来、同期の友と会う機会が多い。みんなまだまだ賞味期限が切れたとは思っていない。私もみんなと共に、日本の経済・技術力・環境や豊かな社会のために「日々歳々・日々精進・日々充実」に心がけ、無理はしないが頑張っていきたい。 ja 2012-01-19T14:11:07+09:00 続・大人の流儀 http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2012/01/post_293.php 入院中に読んだ本の二冊目。
伊集院静著である。前作と同様に最近の若者に対する大人としての忠告的な内容が続くが
続編は昨年の大震災後に書かれており、若者だけでなく世の政治家・官僚・学者の無責任
行動力の無さにも及んでいる。
自ら言っている通りの呑んだくれ、ギャンブル好きの作家ではあるが、世の中の道理や礼儀
義務など危機に際してとらなければいけないポイントはしっかり捉えているのは流石である。
特に終盤に掻かれている仙台の自宅で遭遇した震災の記録的な日記は、被災した人でない
と分からないような、東北人の粘り強さ、我慢強さ、隣人への思いやりや、危機に遭って初め
て知った夫人の防災の備えの有り難さなど気持ちの彩まで表現されている。
それにしても、被災地から遠く離れているとは言え、いつ何時襲ってきてもおかしくない関西
にあって、何の防備もしていない自分が、如何にまずいことであるかを思い知らされた。

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admin 2012-01-19T14:11:07+09:00
下山の思想 http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2012/01/post_292.php 昨日の書いた入院中に読んだ本の感想です。
先ず1冊目、五木寛之著「下山の思想」です。
日本が戦後の荒廃から、欧米先進国を目標としてわき目も振らず懸命に働き、遂には
米国に次ぐ二番目の経済大国に成長することが出来た。但しその副作用として、政治、
福祉、教育、道徳、環境など様々な課題を犠牲にしたところが今にして現われて来た。
登山には、頂上を目指してひたすら登ること、そして頂上を極めること、更に無事麓に
下山することが出来てはじめて成功とされる。
日本は、頂上を極めた。次は下山となるのが当然なのである。下山とは何だかマイナス
のイメージがあるが、ただ単に衰退、低迷、縮小の下山ではなく、登頂するために多くの
研究開発、技術革新、蓄積をしてきたのであるから、登る前の惨めな状態に戻るのでは
なく、もっと豊かな麓に辿り着くことであり、更にただ頂上を見つめての登りと違って、
下山の時には、足元に咲く綺麗な高山植物や、遠く連なる峰々、更には大海原までも
眺めながらの心豊かな足取りの筈であり、広い見識を身に着け成長しての帰還であり、
次の登山への出発点であると説かれている。
私はこれを読んで、人の一生を思った。年をとった勢かも知れない。
人生の頂上は50~60歳であろう。とすると私は明らかに下山をしていることになる。
これは、体力、気力や欲の衰えから感じる事が出来るので、今更言うことでもないが、
本書では下山時には見識を広め、心豊かになれるとある。ということは、これからも
周囲に目を配り、見識を広めていけば、第二の人生を目指して再び成長して行けると
いうことであり、何だか自信が湧いてきた。

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admin 2012-01-17T13:58:31+09:00
入院生活 http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2012/01/post_291.php 新年早々の入院生活である。入院は10年以上前以来久し振りだ。
暮れに骨折した右手首の手術である。病院は山科にあるI生会で、家族は度々お世話に
なっているが、私は初めてだ。最近新棟が建ち、随分とゆったり綺麗になっていた。
入院手続きから手術、そしてその後の医師・看護師・職員の対応も懇切丁寧である。
食事も美味しい。治療の責任問題や患者の満足度など、競争も含めて病院経営者の
気の使いようなどご苦労が伺われる。

術後麻酔が切れてからその夜は痛くて眠れなかったが、翌日には痛みも和らぎ、点滴も
外されると後は日にち薬だ。回診・リハビリ以外は時間を持て余す。短い入院なので誰に
も知らせてないので見舞いもなく、TVも土日・祝日のラグビー・サッカー決勝戦以外興味
もなく、新聞・本を読みながら時間の流れるのを費やす。お蔭で瞬く間に二冊の本を読み
通した。
次の本を買わなくてはと思っていたら退院の許可が出て一週間の入院生活が終わった。
寒い時期、暖かい所で久し振りにゆっくりした新年であった。

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admin 2012-01-16T09:22:34+09:00
新年おめでとうございます http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2012/01/post_290.php 2012年が明けました。今年は年男でスタートダッシュと思っていましたが、不徳の致す
所で右腕を三角巾で吊っての年明けとなりました。
暮れの30日に裏籔で竹を切っていて足を滑らせ、右手首を骨折してしまいました。
病院の救急治療に駆け込み、応急手当をして頂きましたが以来左手だけの生活をして
います。
考えてみますと、昨年東日本をはじめ世界各地で不幸な出来事が続いたのですが、
最後に私にも降りかかったのかと思います。
今年はハンディを抱えたスタートですが、甚大な被害と被られた方々に比べれば、
そんなに大したことではないと、今年はこれを乗越えて頑張って行こうと思っています。

右手が使えない生活ですが、何とかやって行けるものだなあというのが実感です。
着替え、食事、入浴、パソコンなど時間は少し掛かりますが出来ますし、朝の体操・
散歩も従来通りです。出来ないのは自動車運転、文字を書くこと、紐を結ぶ事などです。
今は出来る限り、人の手を借りずに自分でやって見ようと決めています。

今年は辰年、ふるい立つ昇り龍の意気込みで望みたく思っています。
今年も宜しくお願い致します。

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admin 2012-01-05T14:05:43+09:00
今年を振り返って http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2011/12/post_289.php 今年も押し詰まりました。
毎年激変とか激動の年と言っているように思いますが、今年こそ正に激動の一年だった
ように思います。 世界中で自然災害が続き、政治が弱体化し、政権が倒され、経済が
行き詰まり、人の心が乱れ、先行き不透明感が漂っています。
しかし、我国の国民はよく耐え、よく助け合い、懸命に回復しようと頑張っています。
そして多くの事を学びました。
私個人としても、多くの地を訪れ、多くの経験をし、多くの出会いがあり、多くの事を知り、
多くの事に気付かされました。古希を超えたとは言え、まだまだ未知の事の如何に多い
ことか。まだまだ夢を描き、好奇心を抱き、成長を目指して人生を充実させて行きたいと
思っています。
今年一年多くの方々にお世話になりました。あらためてお礼を申し上げます。本当に有
難うございました。来年も宜しくお願い致します。どうか良いお年をお迎え下さい。

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admin 2011-12-29T15:34:08+09:00
友好クラブ締結 http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2011/12/post_288.php 今年最大の出来事「東日本大震災」では、今更言うまでもなく多大なる被害を被りました。
非常に不幸な出来事ではありましたが、国民は懸命に耐え、努力し、助け合いました。
その様な中において、新しい出会いも生れました。我々京都西山RCが台湾の友好クラブと
共に支援活動をした福島県でも いわき桜RCや喜多方中央RC、南相馬RCとのジョイント
活動も出来ました。
そして度重なる情報交換をしているうち、いわき桜RCと友好クラブ締結にまで辿り着き、
この度いわき桜RCの会員5名が京都を訪れ、当クラブ例会において締結式を行いました。
当日は当地区のガバナー補佐や親クラブの会長、会員も参列して式典に花を添えて頂き、
歓迎の宴を盛り上げて下さいました。誠に有難うございました。
また、遠路はるばる起こし頂いたいわき桜の皆様をご案内し、師走の都の観光をして頂き
ました。 清水寺では先日森貫主が書かれた今年の漢字「絆」が本堂に掲げられてあるのを
見て、改めて、不幸な出来事によるご縁ではありましたが、RC同士の絆の有り難さを感じた
次第でした。

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admin 2011-12-27T17:07:48+09:00
第3回京都西山ロータリーカップ http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2011/12/post_287.php 今年も少年サッカー大会が京都府立山城運動公園「太陽が丘」で開催され、紅葉の山々を
バックに8チームが2日間に亘って総当りで熱戦を繰り広げました。
今年は昼食後全選手が集まり、グランドで輪になってロータリアンとのミーティングを行いま
した。最初は少し硬くなっていた少年たちも、穏やかな語り口の質問に次第に慣れ、将来の
夢や監督・コーチに対する希望などジョークもまじえて元気いっぱいに意見を述べるようにな
りました。
試合中は監督の叱咤激励に真剣そのものの顔が、ミーティングでは笑顔溢れる少年の表
情となり、対戦相手のチームとの交流も出来たかと思う。
試合は小学生とは思えないような高度なプレーをする少年も居り、白熱のプレーの末地元
宇治翔FCスポーツ少年団が優勝しました。


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admin 2011-12-06T11:12:38+09:00
再び福島へ http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2011/11/post_286.php RCの災害支援活動で9月に続いて再び会員5名が福島を訪れた。
今回は南相馬市へ1.5トンのリフト付きアルミバントラックを寄贈し、その贈呈式に市役所
に赴いた。
仙台空港で台湾三重北RCの会員4名と合流し、JR常磐線が震災以後まだ南相馬市まで
開通していないので、レンタカーで国道6号線を南下した。
原町のホテルで今回の活動にご協力を頂いた地元南相馬や喜多方RC会員の歓迎を受け、
親交を深めた。
翌日朝9時から市役所での贈呈式。桜井市長に目録を渡し、感謝状を頂いた。寄贈したトラ
ックは学校給食に使用されるもので、現地の子供たちの役に立ってくれることは大変喜ばし
い事である。地元報道社も取材に来ており、その記事が翌日の新聞に報道されたようだ。

その後、現地RC会員に用意して頂いたバスに乗り被災地を見学させてもらった。
市役所から国道6号線を10分も南下すると警官がバリケードを築き通行止めになっていた。
そこから南は福島原発から20Km圏内になるのである。放射能汚染が現実のものと感じた。
海岸に向うとマスコミで見慣れた大津波の爪跡を目の当りに眺められ、破壊力の大きさに
言葉も出ない。瓦礫はほぼ取り除かれ、更地になっていたが、地盤沈下した所には海水が
淀み、夏に生い茂った雑草も今は枯れて一面の荒野である。その中に所々残された建物の
基礎や流れ着いた舟、ぐちゃぐちゃになった車、そして積上げられた瓦礫の山が目に飛び込
んでくる。

被害にあった東北電力の火力発電所近くの浜辺は、市民憩いのキャンプ場やサーフィンの
名所であったらしいが、砂浜が消え、脱衣場や防波堤は壊れ、生い茂っていた松林は1本
残らずなくなっていた。

海岸からかなり離れた野球場も観覧席にいた人は助かったが、グランドの人は流されたら
しい。僅かな違いで人生を分ける自然の脅威には、人の存在が如何に小さいものだと言う
ことが思い知らされる。
あらためて被災された方々に対し、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。
南相馬市は今避難されている方もあり、約半分の人口になっているらしい。一刻も早く故郷
が回復し、幸せな人生が再びおくれることを心から祈っています。
そのためにまだまだ支援が必要であり、我々も手を貸してゆかなければならないとつくづく
思って福島をあとにした。

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admin 2011-11-28T15:57:59+09:00
保津峡から清滝、嵯峨野へ http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2011/11/post_285.php 今年の京都機工組合歩こう会は、天候に恵まれ渓谷と嵯峨野を12キロ歩いた。
JR嵯峨野線の駅は保津峡の橋の上にあった。そこを老若男女60名が保津川沿いに出発。
トロッコ列車や保津川下りの舟に手を振りながら進む。

途中から支流の清滝川に沿って清滝に向う。 苔むした岩の間を流れる渓流には小魚も
見られる。 流れる風が汗ばんだ肌に心地よい。

予定よりも早く1時間強で昼食場所の清滝に到着。 昼食は愛宕登山者がその昔利用した
のであろう老舗旅館「ますや」2階の大広間を借りていただく。徳富蘆花など文人が利用した
この宿は、窓から色づき始めた紅葉の木漏れ日が差し込む縁側など古いが趣がある。

食後、更に暫く渓流に沿って上流に向うが高雄まで行かずに途中で引き返し、お試し峠を
超えて鳥居本へ。 急坂を下った所にある愛宕念仏寺には初めて訪れた。 色々な顔の
丸みを帯びた少し大きいめ羅漢さんが無数に並ぶ様は、化野念仏寺のお地蔵様とは少し
違った風景だ。

そこからは観光客で賑わう嵯峨野のメインストリートを散策し、最後に常寂光寺へ。 まだ
紅葉には少し早いが、有名な茅葺きの仁王門やその先にある石段両側のよく手入れされ
た苔の緑は一際美しく、つくづく京都っていいなあと思う。

かくして一行はそこで解散し、続けて散策をする人、土産物屋を覗く人、お茶やスイーツで
疲れを癒やす人、家路に向う人などに分かれた。
久し振りのウオーキングで運動不足解消と心地よい疲労でリフレッシュ出来、明日への活
力となった一日でした。

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admin 2011-11-14T14:58:01+09:00
西野まつり http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2011/10/post_284.php 我々の地域では、毎年この時期に小学校に集まり防災訓練を行っている。
各町内に自主防災部があり、災害が発生したと想定して決められた場所に避難し、自主
防災部長のリーダーシップのもと町内の安全を確認し、集まった町民全員で小学校まで
歩いて防災訓練に参加するのである。

消防所長から、この地域の地震発生の可能性や、避難場所、火災に対する注意を聞き、
バケツリレーや消火器の取扱い、AEDの取扱いなどの訓練を体験した。
今年は全町内で子供から高齢者まで約480名の参加があった。

こんなに沢山の参加があるのは、訓練終了後「西野まつり」と銘打った催しがあるからで
あろう。グランドには模擬店が並び、体育館ではバザーや写真の展示がある。
今年は、カーメーカー各社のエコカーの展示もあった。

また、今年は東日本大震災や台風12号、海外でもニュージーランドやトルコでの大地震
タイの大洪水などが相次ぎ、防災に対する感心が高いことも、参加者が多い要因だろう。
参加者の中には、福島から避難してきている人も居られ、この催しを通じて地域の方々と
の絆が強くなったことだろう。

実際に災害があっては困るのであるが、備えあれば憂いなし、常日頃の防災器具と心の
備えが肝心であることを改めて感じた。

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admin 2011-10-31T15:59:02+09:00
天ぷら油からバイオディーゼル燃料 http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2011/10/post_283.php 先日RCの職業奉仕委員会による職場見学会があった。
行き先は宇治田原にある会員が経営する会社の京都工場である。
経営する社長は卓越した企業家精神とボランティア精神溢れる若き経営者である。

技術的にも、Co2削減という環境の点でも優れているエコ燃料であるにもかかわらず、廃天
ぷら油の回収や企業・行政の既得権、メジャーの圧力という障害のため行政も企業も手を
出さない分野に、果敢に挑戦し、立ちはだかる壁を打ち破って、JIS規格の基準を満たす
品質の製品を完成し、行政で唯一取組んでくれている京都市の市バスやゴミ収集車などに
採用される他、海外からの需要を獲得し、世界一の実績を得られています。

現在は使用済みの天ぷら油の回収だけでは足りず、次世代原料植物油確保のため、海外で
プランテーション事業も始められている。

ご家庭で使用済みの天ぷら油があれば、積極的に回収に協力をお願いすると共に、
国はCo2削減を世界に公約しているにもかかわらず、こういった事業に積極的に協力する姿
勢がないと聞く。こういった素晴らしい企業家の思いに政治家、官僚も建前だけでなく本音で
応えてあげて欲しい。

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admin 2011-10-24T16:33:18+09:00
年齢を感じた週末 http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2011/10/post_282.php 先週末、身近で葬儀が相次いだ。先ず同級生の逝去が知らされてきた。大変親しくしていた
友であったので、病床にあるとは聞いていたが残念極まりない。
続いて自宅隣のおじいさんが亡くなられた。町内のご意見番的な長老であり、優しいお人柄
の方であったので、93歳の天寿を全うされたのであるが親族の悲しみが察しられる。
そして、高校3年の担任の先生がキリスト教式の告別式で天に召された。ハンサムな正義感
溢れた素晴らしい先生であった。

良いこともあった。子供たちが一年遅れの古希のお祝いをしてくれた。昨年6月に満70歳を
迎えたが、その直前に母が亡くなったので、お祝い事を先延ばしにしていたのである。
孫も含めて10人が集い、京町屋を改造したレストランでささやかながら、心温まる宴を開いて
くれた。孫たちが代表してプレゼントを渡してくれた。素敵なマフラーであった。細くなった首筋
を温めるのに丁度良い。感謝感激である。

隣のおじいさんや先生の死は受入れられるとして、同級生の死や古希を1年を超えたことに
はつくづく加齢を感じる週末であった。
でも自分では気持ちは若いつもりでいる。まだ同級生の所へは暫く行くつもりはない。

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admin 2011-10-11T11:51:16+09:00
パナソニックオープン http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2011/09/post_281.php 先週私のホームコースである琵琶湖CCでパナソニックオープンゴルフが開催され、
第2日目と第3日目にボランティアとして参加した。
石川遼がホストプロとして出場するので大人気の大会である。ボランティアは朝早くから
クラブに行くのであるが、ギャラリーは既にぞくぞくとつめかけていた。

第2日目は、午後から8番ホールでフォアーキャディを勤めた。ホール中程のクロスバンカー
辺りに陣取り、選手が打ったボールを確認する係りである。
ティーショットを注視しボールが飛び出したのは確認できるが、空に入ると全く見えなくなる。
ドローやフェードと左右に曲がるので思わぬ所に飛んでくる。ボールの落ちる音がしてやっ
とそこだと分かる。フェアウエイは良いが、ラフに入るとそばに旗を立てるのだが、深いラフ
なので探すのが大変だ。見つけなければ責任問題である。
でも選手はボールを確認し有難うと言って旗を手渡してくれる。有名選手から手渡されると
この年になっても緊張する。

第3日目は、13番ショートホールのグリーンから次のホールに向かう出口でマーシャルを
勤めた。お静かに係りである。従って決勝ラウンド全選手のパッチングをグリーンサイドで
見ることが出来た。ホールアウトした選手がスコアをつけながら出口に集まって来るので、
バーディを取ってしてやったりの顔や、スコアーを伸ばせず残念そうな顔、ボギーを叩いて
落ち込んでいる顔などをまじかに観察出来て面白かった。

石川遼の組は唯一大勢のギャラリーを引き連れて大移動だ。報道カメラマンやSPも引き
連れている。少し騒ぎすぎではないか。
遼君はそのショートホールで長いパットを沈めてバーディを取ったが、全体としてドライバー
が乱れ優勝争いには程遠いスコアーに終わった。

それにしても疲れた。そんなに動き回った訳でもないのに、朝が早いためか、朝と昼の気温
の差が大きいからか、それとも気を遣ったのか、或いは年の勢か。自分でプレーしている方
がはるかに楽である。次回にはギャラリーとして来るか、TV観戦とするかなあ。

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admin 2011-09-27T16:40:03+09:00
青春時代のミュージカル http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2011/09/post_280.php 先日劇団四季のミュージカル「サウンド オブ ミュージック」を見に行った。
何度も見た映画とは少し話しのつなぎ方が違うが、団員の歌唱力と演出の素晴らしさに
引きずり込まれた。
学生時代からミュージカル映画が大好きで、リチャードロジャースとオスカーハマーシュタ
イン二世コンビのミュージカルは「オクラホマ」「開店木馬」「王様と私」「南太平洋」、そして
その集大成とも言える「サウンド オブ ミュージック」と殆ど見たし、サウンドトラック版の
レコードも買って何回も聞いたものだ。
あれから50年経ち、こうして舞台のミュージカルを見ていると、青春時代のこもごもが思い
出されて来て懐かしい。もっと他の作品も舞台で取り上げて欲しいものだ。

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admin 2011-09-21T16:10:42+09:00
いわきの被災 http://www.sankyo-seiki.com/stuff/ito_kazutoshi/data/2011/09/post_279.php 昨日のブログでいわき市を訪れたことを書いた。
私の目に映った様子、即ち南部の方なので津波の影響が小さかったかのように記載した。

ところがその直後に現地でお世話になったRCから送られて来た震災の報道写真集を見て
その誤りに気がついた。 やはり津波による被害はいわき市全体に甚大であったのだ。
我々がほんの一部の地区だけを見て判断したのは誤りであった。
被災された方々には大変申し訳なく、改めてお見舞いとお詫びを申し上げます。

同時に、まだまだ現地に対する支援を続けていかなくてはならないと共に、今回現地のRC
とご縁が出来たことをきっかけとして、改めて現地を訪れたいと思っています。
がんばっぺ いわき!

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admin 2011-09-16T13:46:06+09:00