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ベルリンだけに堕ちる闇じゃない

最近読んで気になった、サイモン・スカロウ作「ベルリンに堕ちる闇」。時は1939年12月、灯火管制下のベルリン。第2次世界大戦の火ぶたを切ったナチス政権下の、ドイツで起こる殺人事件を追う歴史ミステリー。これはよく考えると面白いテーマ設定です。なぜならこの小説の舞台は、1939年9月ドイツがポーランドに侵攻し、イギリス・フランスに宣戦布告したその直後。ユダヤ人に対する財産没収や、人権侵害も進んでいる最中。

主人公は自らの信条で、ナチ入党をあくまで拒否している、元レーシング・ドライバーの警部補。国がポーランド人やユダヤ人を、殺しまくってる時代です。その国の警察機関で「殺人犯」を探す意味は?ある理由でナチ党内の権力争いも関係しているため、指示系統はあくまで極秘裏で、必ずしも事実がわかれば良いというものでもない。ナチ党員ではないことで常に疑念を持たれ、一方でナチ党員ではないからこそ任される任務。

時代をここに設定すると、捜査方法や連絡方法もかなり限定される。つまり物的にも人的にももの凄く窮屈な縛りがある中で、殺人犯を掴まえることの「意味」から問わざるを得ない設定のミステリー、ということになります。今では歴史となっているので、ナチ党という背景を、そのままミステリー小説の舞台として、効果的に使うことができますが、どうして今、敢えてこういう設定の小説が出て来ているか、という点に注目してみました。

それはこの設定が、現代の国家を想像させるからだと思います。ナチ党が何党でも同じ。一党独裁ならば、思想がどうあれ抑圧的で自己防衛的な体制が、機に乗じて強化されていくことは変わらない。問題はその下で生きる一個人です。主人公のように、ナチ入党は拒みつつ自己の信条としての正義は貫く、これは苦しい。この苦しさに現代人が共感するのは絶望であり希望です。統制、特権、差別、格差、全て現代の話です。

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