社員ブログ

奈良の魔法使い

先日、当社の新人さんと話をしてて、「吉備真備」の話になんかのきっかけでなりました。
意外に知られておらず、ああそうですかてな具合で。
というのも、私の故郷は吉備真備の故郷でもあります。今は合併して倉敷市になっていますが、以前は、吉備郡真備町っていってました。郡と町を省くと「吉備真備」になります。
昨日、たまたまTVを見てると吉備真備のことをやってました。私も詳しく知らないって感じました。
吉備真備は奈良に首都があった平城京の時代の人です。下級役人の息子だったそうですが15歳でその優秀さを認められ、皇族が勉強する大学へ入ったそうです。
すこぶる優秀。で、第八回目の遣唐使557人に選出され、中国への留学を果たします。
当時日本は内戦、唐と新羅の連合軍に負けたりと、国家の危機に瀕していたようです。
その中で国家立て直しのために代表で行ったそうです。
唐に渡ってももすこぶる優秀。唐の役人が実力を試すため、難解な書物を与えます。
しかし真備は一日でその書物をマスター。役人をうならせたそうです。
孫子の兵法を学び、そして天文学にも精通し、今までになかった合理的な発想でこの時代の日本の基礎を築いたようです。農業をするにも適当に植えていた時代。天文学でその時期を把握し、実施することで納税の安定化を図ります。
又、真備はいろんな元祖と呼ばれ、
①カタカタの元祖(漢字の新しい発音を行う)
②囲碁の元祖(唐から初めて持ち帰ったのでしょう)
③陰陽師の元祖(学んだ天文学からきているようです。陰陽師は星座で占うようですので)
その知識を平城京に持ち帰り、日本の大学を改革したり、天皇に信頼され政治を行ったり。
いろんな事件や策略の裏には吉備真備が。
その活躍する様子が魔法使いのようだったので、「奈良の魔法使い」と呼ばれているようです。
なるほど・・・。
故郷の偉人も意外に知らないと痛感しました。勉強になったわ・・・。
名前を忘れましたが、真備を描いた巻物が平安時代につくられたようです。
この巻物、回り回ってボストン美術館にあるようです。
遷都1300年の奈良の博物館にどうやら帰省しているようです。
見に行ってみようかなぁ~。

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