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せめて私の古希までは

6月13日に母が96歳で亡くなり、先週三・七日の逮夜を終えた。
6年を超える病院から特養の生活を送ってきて、亡くなる3週間前まで病気を抱えなが
らも手押し車を頼りに自分の足で歩いてトイレや食堂に行っていた。それが急に熱を出し
病院に再入院して1週間も経たずに亡くなってしまった。
殆ど痛みや苦しさなど訴えずに静かに息を引き取ったのは、せめてもの慰めであった。
生前には多くの方のお世話になり、幸せな生涯を送れたことに、母もきっと感謝している
と思います。また通夜・告別式には多くの方にご参列頂き誠に有難うございました。
入院以来殆ど毎週末には様子を見に行き、耳が遠いのでノートに書いて家族の消息や
近所の出来事、季節の話題など伝えていた。流石に年を取るに従って返事は減って
きていたが、肉体がそこまで弱っているとは思わなかった。
高齢なので急に万一の場合が来る事は覚悟をしていたが、私も年齢的に毎週特養に行
くことにやや疲れを感じて来ていた。その必要がなくなり正直気が楽になったが、日が経
つに連れて何かもの足りなさと寂しさを感じる。せめて6月27日には私の古希の誕生日
を迎えるので、それまでは居て欲しかった。
特に目立った個性の女性ではなかった。ただ季節の生活の営みはキチンと勤めることを
忘れなかった。お陰で我々は今も困ることなく、自然と日常の生活やご近所やお寺など
の行事を営むことが出来ている。有難いことだと感謝している。

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