不安とは平穏のもろさに気付いた時に感じるもの(小説『ペンギンの憂鬱』より)
本屋で表紙のイラストが可愛らしく、思わず手に取った。
ロシア文学といえば、ドストエフスキーやトルストイくらいしか思い浮かず、自分にとっては馴染みが薄かったが、これを読んで他の作品も手に取ってみたくなるくらい惹かれてしまった。
また、沼野恭子の翻訳が良いのかサラリと読めて、楽しい。
作品の雰囲気の、薄暗くて冬寒い雰囲気がロシア文学って感じがして、とても良い。
主な登場人物は、売れない作家のヴィクトルと、彼と暮らしているペンギンである。
このペンギンは憂鬱症を患っている。たぶん、うつ病のようなものだ。
彼はあるきっかけで「これから死ぬ有名人のための追悼文」の執筆を仕事として受けるようになる。(この時点でかなり不穏だ。)
それから、知り合い娘を預かることになり、また彼女の面倒見役としてベビーシッターも彼らと一緒に暮らすことになる。
血の繋がりはないけど、ペットがペンギンという疑似家族を成して、彼らは世間的には「普通な家族」の生活を送っていくことになる。
仕事もあり、生活も回るようになったヴィクトルだが、彼の書いた追悼文の相手が徐々に死ぬようになっていく…。
場面の節々でよぎる不穏な気配が、楽しく朗らかなシーンであっても常に緊張感をもたせに来る。
だから、可愛らしいペンギンのミーシャがいても、彼は憂鬱そうな面持ちをしている。
この面持ちが作品全体を表していたのだなぁと、読了後に感じられる。
いつもどおりの風景も、中身を覆っているものが剥がれ落ちれば、噛み合わないような気持ちの悪さにまみれている、というシーンが印象的。
コーヒーを飲むこと、カフェで座っていること、大通りを歩いていること、部屋で酒を飲むこと・・・段々とその普通が異質に感じられていくのである。
(読んでいてサルトルの『嘔吐』みたいな感覚だなと思った。)
実存的な憂鬱は、作者が当時の社会の雰囲気を描写しようとしていたのかもしれない。
結末は、ヴィクトルの運が最後の最後まで尽きることのないように祈りたい気持ちになった。
ちなみに、作者のアンドレイ・クルコフはウクライナ出身のロシア語を用いた執筆活動をしている。現在も活動中とのこと。
(ある意味、タイムリーな気がする。)
これからも追っていきたい作家の一人である。